2017-11

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わかりきった応えを

小さいころ、佐助の言う忍びというのは何かの遊びで、本当はあれは下男の子供か将来自分の小姓になる誰か、父親の部下の子供が分別もつかずにふざけているのだと思っていた。

その佐助が今朝からいない。
と思って3日ほど、探すでもなくただ気をつけて庭など見ていたら、4日目の夕刻に風呂から上がってきているのを見つけた。手ぬぐいなど肩にひっかけて上機嫌にしながら、厨の煙を眺めて廊下をぶらぶら歩いている。
「おい」
ばたばたと大股で近寄ると酢の臭いがした。膏薬だ。大方また関節が熱を持つまで無理をして帰ってきたのだろうと思う。早馬と同じで、体に無理を言わせてでもとにかく疾く走る、そして戻ってくる、それが仕事だ、とわかっていても、幸村にはそれがなんだか憐れだった。
触るとじくじくと熱を膿のように溜めている。それを痛い、とは口に出さぬのに、腫れた指の関節やら、やたらと折っては握る。おそらく曖昧としてじくじくと痛むのがやりきれずに、わざとそうして痛めつけているのだと、なんとなしにわかるのが悲しい。
そう思っていつも見ていた。

「お前、今度はどこへ行ってきたのだ」
振り向いた佐助がじっと俺をみる。湯上りの髪が、濡れているせいで一層赤味を増して見えた。ぽつ、と毛先から雫が肩の手ぬぐいへ落ちる。
「髪はちゃんと拭いたのか」
いつもなら佐助が言うようなことを言って手を伸ばす。肩からひっペがした手ぬぐいは、頼りないほど薄くてその代わり、柔らかい手触りがした。かつて母親が座敷で飼っていた、白黒でもしゃもしゃとした犬の舌のようだ、と思う。薄くて、湿っていて、暖かい。佐助の髪に手ぬぐいを被せるとおとなしく顔を俯けた。少し背伸びをして掻き回すように拭いてやる。
「どこまで走って行ってきた。どこか打ったか。道中何かあったのか」
大儀だった大儀だったともみくちゃにすると肩が下がって、手ぬぐいの下でふ、と笑った気配がした。
「なんでもないよ」
疲れた声で言う。
「すげえ嫌な人に捕まってきただけだよ」
手ぬぐい越しに耳を捕まえて溝の中をなぞる。つむじに顔を近づけると、ぬいた衿のところからつんと酢の匂いが鼻をついた。目を凝らしてもうなじに盛り上がる骨に阻まれて見えなかったが、匂いの近さに背中か、と思う。
「捕まったのか」
「うん。」
びしょびしょになった手ぬぐいを手の中で畳んで、縁側の方を剥いて絞る。またぽつぽつと髪から雫を落としながら、俯いたままの佐助がぐす、と鼻を鳴らした。
「投げ縄でね、たくさん紐かけられて木から落とされた」
「そうか」
返事をしながら、珍しい、と思う。
ただ、言いたいのならば聞いてやろう、とも思った。絞った手ぬぐいを頭の上にまたかぶせる。
「さんざやりやがって、あいつ」
押さえた頭の中で、記憶の中の熾火にぱちんと火がついて爆ぜるのを聞く。
「旦那とおんなじの癖に、俺とおんなじ物が嫌いだから」
夕暮れだった。米の炊ける匂いが庭に漂ってきていて、塀の向こうに覗く山でからすが鳴いている。
なんとなしに佐助から目を背けて、庭の松が黒々と影を落としているのを眺めた。
「あいつ」
俺の手の中で佐助が歯ぎしりをする。
言わないだけでもっと、あれこれあるのだろう。だがそれを俺が理解出来ることはないし、佐助も相手にわからないものを口に出して、違うものにしてしまうのを嫌うから、結局俺達の会話は大抵こういった形で終わる。
俺と佐助が人として話をするのは難しい。
「俺様と育ちが違う癖にどうして」
誰のことを言っているのかはなんとなく、わかっていた。
佐助も青葉城の主も、自分とは違う暗闇と痛みをくぐり抜けて生まれてきている。つるりと生まれてきたという自分が同じ様につるりと育ってきたのとは違って、へその緒が首に巻きついた逆子のように生まれてきて、逆子のように育ったのだ、ろうと。
考えても理解が及ばぬから、ただ、自分は、佐助が蛇蝎のごとく嫌ってうなじの毛を逆立てるのを、止めてやらぬ。やめよと言えば表には出さぬようになるだろう、のを、口に出さずに、見ている。

例えば同じような生まれであれば佐助はやさしく出来たのだろう。あるいは平穏に見下すことが出来たのだろう。
しかし、打擲は受けても飢えた事もなく、母親にあるいは周囲に野垂れ死ねと言われたとて、誰かしら次代の国主として拾い上げる手があった人間が、自分と同じ様に同じものを嫌う、あるいは、なにか、同じ物に、全く同じやり方で惹かれる、それが。
どうしてだか、許せないのだろうなと思いながら、見上げた天井に人の顔によく似た木目がある。

「佐助」
手の中に冷たい頭蓋が怒りをためてしんと鎮座している。廊下の先から、筍が味噌汁の中でくつくつと煮えている匂いが忍び寄る。
冷たくなってきた手ぬぐいから手を離して、両の掌で頬を包むときちんと体温があって安心した。
無理をして自分に頭を預けているせいで、まるく歪んだ背骨を眺める。
「飯を食おう。筍の味噌汁、麦の入っていない飯、蕗と厚揚げの煮たのに、菜の花を辛子と味噌で和えたものもあったぞ」
耳の後ろに指先を回してぐっと、押さえる。口元の皮膚が笑いの形に歪むように。
「明日は俺が山女を取ってこよう」

遊びだと思っていたのだ。忍びが売り買いされるものだとも知らずに。始めからそれ用に、売れ残りの女を孕ませて作られた子どもがいることも知らずに、ただ、自分と同じ様に望まれて生まれてきた子がただの憧れではしゃいているのだと思っていたのだ。
その佐助が、佐助のと同じだと言う暗がりを抱えて国を背負ったまま俺と佐助を見る、一つだけの目を考えて、俺は、いけないことだと知りながら深く、深く同情してしまって。
そうして、常には自分を睨んで嫌いだ嫌いだと言い立てる佐助など、ないもののように振る舞いながら時折、佐助を山の獣にするように捕らえては痛めつけるのを、許してしまおうと、思ってしまう。
同じ気持で右目も、ただ目を瞑って暴虐を許しているのかと考えて、不意にかなしい気持ちになった。

「……おれはひとでなしか」
くちをつけた手ぬぐいは何の匂いもしない。ただ膏薬の酢が鼻を刺す中、つむじを蠢かせて佐助がくぐもった声で応える。
「ちがうよ」

わかりきった応えを。

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