2017-11

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「疑いなさいよ」

※甘楽ちゃんがログインしました

「お前だけならそれでいいって結局誰でもいいんでしょう?」
口紅を塗りながら言った女が、今度は今さっき塗った口紅の上からてらてら光るのをチューブから直接唇に塗りつけて鏡の中の自分に笑う。
そのまま指先で口の周りをちょいちょい弄る様に、女の顔だ、と無駄に感心した。
「運命は帝人くんだったって、手の中のトランプの中で一番強く愛せる札を選んだだけでしょう」
チューブのキャップを閉じてポーチにしまう指先の爪は俺にとってみりゃ気持ち悪いほど長くて奇矯な色をしている。
「それで帝人くん以上に強い札が出てくるかもしれないの知ってて、札を引くのをやめたんじゃない」
白い手の甲に薄い茶色をしたクリームが押し出される。
どうしてこの女は常に唇から顔を作るのだろう。疑問に思ってふと尋ねた事があるのを思い出した。答えはだって唇から作っとけば化粧の途中にキスしてもそいつに口紅つけられるじゃない、だった。意味がわからない。
だけど、まあこの女が意味のわからない事を言うのは今に始まった事じゃないっつうか大抵意味がわからない事を嬉しげに話してるんだからどうでもいい。あれが欲しいこれが可愛いって靴や鞄の話じゃないだけ数段ましだ。
それに同意を求めてこない事については気に入っている。断定は気に食わないが。
思ってメンソールを一口、肺いっぱいに吸い込んで照明の暗い淀んだ室内の天井に向けてふうっと吐き出す。
「私は違うわ」
鼻から始めて、頬、眉間を通って額、ベッドに座る俺には見えない毛穴が隠されていく。
「みんな好きなの!トランプなら53枚全部引かなきゃ気が済まないし、柄の違うのも集めたいし、どんな札でも全部好きなの。みんな平等に。どれでも。」
瞼を閉じて、まつ毛の際まできっちり塗りつける指先は化粧慣れしてスムーズだ。
「だからね、逆に一枚しかなくったって平気だわ」
瞼を開けて、鏡の中の女がこっちを見た。目の下に器用な指先がクリームを塗りこむ。目に入らないのかと思うぐらい長い爪が下まつ毛をなぞって目尻へ抜ける。
「あなたとあいつを除いてだけど」
真っ黒なポーチから取り出したパクトの蓋を開けて、大きな鏡を覗き込んで顔にスポンジを叩きつけるようにはたいていく。俺は灰皿のふちに煙草を打ちつけて灰を落とす。
「だからね、絶対ってことを証明したいなら、2人は引きこもってちゃいけないのよ」
他の全部を知った後で一番って言わなきゃ負け惜しみよ、それ。
低くてあっさりとした声で断定しながら振り返った化粧気のない顔の中で、そこだけ彩られてまるで烏賊の内臓みたいな色をしたグロテスクな唇が薄暗い部屋でわずかな光を反射しててらてらと光る。
そのせいでにや、と笑ったのがよくわかった。
重そうな尻をスライドさせて女は鏡に向き直る。目の際に引くのは黒い線。指先で瞼を押さえて描く鬼気迫る背中に話しかけられないまんま俺は煙草を灰皿の底に押し付けて、次の煙草に火をつける。
女が瞼に色を乗せる間中俺は黙っていた。窓の外を電車が通る鈍い音に振り返る。カーテンの隙間から曇った日特有の時間のわからない鈍い光が零れている。ふ、と目を落とせば大勢の靴底に踏みにじられてすり減ったせいで元はどんなピンクだったかわからないくすんだ桃色のカーペットが日の当たる部分だけ色づいていた。
厚い遮光カーテンのおかげで、部屋の中の暗闇は光を見た後だと一層深い。
「なあ」
「マスカラつけてる途中に話しかけないで」
窓から目を離さないまま声をかけた。ぴしゃりとした返答に、まだ化粧は終わっていなかったのかと溜息をつく。
目を凝らしても眩しいばかりで電車の線路はおろか向かいの建物か電線すら見えない。直に体をねじっているのに疲れてベッドに手をついた。スプリングが軋む。
「……なに?」
やっと化粧が終わったらしい女がこちらに声をかける。
「かんら」
「だから何よ」
改めて名前を呼んで向き直る。女は鏡の前でまだ化粧を続けていた。今度はなにやら頬に色をつけている。
「世界中の人間を平等に愛してるってのは、そりゃあ誰も愛してないってのと同じじゃないのか」
「あーうん、そうかもねー」
反発が来ると思ってたのに肩透かしを食らった俺の戸惑いを見透かしたように、今度は眉をかきながらふふん、と甘楽は笑う。
「そりゃ天下の甘楽ちゃんは可愛いし女の子なかっこも好きだし似合うし、男にも女にも愛されるし、やろうと思えば子供にだって懐かれるしジジババの話し相手だって得意だから」
言葉を切って鞄から鋏を取り出す間、室内がえらく静かに感じた。どこかで車のエンジンがかかる。セルティのバイクが走ってる時に上げるのに似た、甲高い機械のいななき。
「愛されるけど、愛し返すのにも疲れるのー。誰が好きあいつより好き君はもっと好き、じゃああの子は?ってやってらんないぐらい愛されちゃうと疲れちゃうの。順番つけるのに。しかも順番知りたがって繰り上げろなんて馬鹿な事言いだすアホもいる。たっくさんね。そういうの、愛されないあんたにだって想像ついちゃうぐらいめんどくさいでしょ?だからみんな好きって事にしただけだもん」
眉毛を切りそろえて、顔から短い毛を払う。鏡の中の自分に視線は釘つけのまま口だけがよく回る。
「だから静雄も好きだよ。」
「嘘くせえ」
「だって嘘だもん。みんな好きだって口先だけ。忘れてるかもしれないけど私だって人間だから好き嫌いはあるのよ」

「馬鹿らしい」
「おんなじでしょ」
「は?」
「静雄だって帝人くんの事ならなんでも好きって口先だけでしょ。内心これは嫌だなーって部分だってあるしうわ、もうめちゃくちゃ好き!って部分だってあるのをひっくるめて総合評価で好き好き大好き愛してるってしてるだけでしょ」
鏡に向かって舌を出さないであっかんべー、なのか目の様子を見てるのか、甘楽は下まぶたの内側に興味津津。こちらに視線を流しもしない。俺は煙草の灰を灰皿に落とす。噛んだ奥歯がぎちりと音を立てた。
「馬鹿言ってんじゃねえぞクソアマ」
「きゃっ!怒ったぁ……じゃなくてぇ、甘楽ちゃん今けっこー真面目モードなんだけどなー」
「ああ?」
てめえしまいには殴んぞ、の意味を込めて立ち上がる。ベッドのスプリングがいかにも安っぽい悲鳴を上げた。
甘楽が座ったまま振り返って俺を見上げる。
「だって帝人くんが一番で絶対で帝人くんしかいらないならどうして私と今こんなとこで会話なんかしてんの?」
ばしばしのまつ毛の内側から真っ黒の虹彩が俺を見上げる。
「こーんな薄暗いラブホでお仕事終わりの甘楽ちゃんとぐだってる暇があったら帝人くんにべったりしに飛んでけばいいのに。もうすぐ学校が終わる時間なのに今ここにいる時点で帝人くんが一番じゃないじゃない。」
ほら、と甘楽が指して見せたベッドサイドの無駄に字の大きいデジタル時計の示す15:36が一瞬のまばたきの間に15:37に変わる。
「だからほんっとに一番なのか疑えばいいのにって言ってるのに信じてますって顔してるから馬鹿らしいって思うし、一番でもないのに一番にしようとして引きこもってんじゃないわよばーか、って思っただけ」
淡々とした言葉と並行してポーチのジッパーが音もなく閉められる。
「……それだけよ、あんまりびっくりした顔しないで。気付いてなかったなら聞き流して信じてればいいのよ」
不意に笑った顔が優しい。ポーチを鞄に突っ込んで、華奢なヒールで立ち上がった甘楽は手を伸ばして俺の頬を撫でた。桃を触るような手つきで。
「私、もう行くけど。静雄は?帝人くんのお迎えはいいの?」
いかにも思いやり深く、顔全体をほころばせて笑う。だけどこの女はもし俺と一緒にホテルから出たところを誰かに見られて冷やかされた場合遠慮もへったくれもなく尻馬に乗って、被害者の顔をして泣き真似をする手の内側で笑い転げて逃げ去るのだ。絶対に。
だけど、どうでもいいなと自棄になる自分がいる。頭がまだ混乱しているせいだろうか。見つかったら帝人は俺を信じてくれるだろうか。それともいかにもな言葉を並べるに決まってる甘楽の、装われた現実味の方をとるだろうか。
考えて、試したいと思ってしまった。
「……俺も行く」
「そう」
笑った甘楽がドアを開ける。狭い廊下を後ろについて歩きながら、携帯を弄る甘楽の香水の甘い匂いを嗅いで早く帝人に会いたいと思った。

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