2017-09

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だてさ(とかみつまさとか)

たたみでだてさ

「南極行きたい……」
背中が喋った。多分砂壁に向かって喋ったんだろうと思った、が、とりあえず返事をした。
「なにすんだ」
「ペンギンさわる?」
「それ北極」
「え、うそだ」
「うそじゃねーよ」
「ええーーークマは北極だけどペンギンは南極だってえ」
「おまえばかだろ」
「え、なにそれ」
ごろん、と寝返りを打って、そのままごろごろと転がってくる。
読んでた新聞の上に乗るから鼻をつまんでやった。
ついでに背もたれにしてた箪笥の小引き出しを後ろ手の手探りで開けて爪切りを取り出す。
まつげに近づけると慌てた顔で起き上がって俺から距離をとった。
「お前さあ、小学校の頃本とかよまなかっただろ」
「エ、なんでわかんの」
わざとらしく胸元に手を当てた奴がまだ少し焦った顔で細い目を見開く。
「ムーシカミーシカ、とか……」
「エエーなにそれわかんね、何語?」
「いやいいわ……お前に言った俺がバカだった。つぅかよぉ」

南極行ってどーすんだ、と聞いたらバカが少し考えてえ、自撮り?とか言うからめちゃくちゃ萎えた。
午後五時を近隣児童にお知らせするサイレンが鳴る。
時計を見上げて、冷蔵庫にビールがないのを思い出す。
立ち上がって家の鍵をテレビの前から撮ったら丸まってたバカががばりと起きてこっちを見た。
「え、どこいくの」
「めーじや……なんかお前それ犬っぽいな」
「えー、なにそれ」
「さんぽ?さんぽ?ってうろつくみてえな」
話しながらなんでか佐助が前になって廊下を歩く。
「えー、じゃあ首輪付けられちゃう系だあ。そくばくけーい」
スニーカーのかかとに指突っ込んでつま先を玄関のタイルにうちつける。
目尻を下げてへらりと笑うとエロい顔になる、と思った。
いこうよ、と佐助が俺を振り返る。

コンクリート打ちっぱなしの階段はひんやりを通り越してじめじめしていた。
自転車置き場を突っ切って、小さな児童公園に入る。
少し湿った重さの砂が靴の裏でじょりじょりと音を立てるのをききながらだらだらと歩いて、駅前を目指す。
「あんさあ。おれさま犬系ってことはさあ、じょしこーせーの足嗅いでも怒られない系?あとなに買うの」
「ビール。と、なんか……ばんめし」
公園を突っ切ってカーブミラーに俺たちが映るのを見ながら信号を待つ。
「おれ今日ねえ、なんかあ、さかな食べたい」
「魚なあ……鯖って気分でも鮭って気分でもねえなあ。鰆の西京漬けとかならいいが」
「えー、さわらとかわかんね……ていうかさかなっておれさましゃけかまぐろとかしかわかんね……」
「しね。味ついた焼き魚」
「まじでー?やだなあおれさまお刺身がいいー」
「ひとりで買え」
「えー、俺様おさいふないし!」
「しね」
会話は、多分結構前から諦めている。

「なあお前知ってるか」
コンクリート塀に挟まれた、車一台通るのがやっとの道をぶらぶら歩く。
夕方で、学生だのシャカイジンだのが帰ってくるにはまだ早くて、だけど小学生はおうちに帰ったあとで、人は少なかった。
あちこちから夕飯の気配がする。におい、と言うには薄い、お湯を鍋いっぱいに沸かす湯気や温められるフライパンから発せられる熱の気配。薄く開いた台所の窓から流れ出す生活のぬくみ。
「なにを?」
「南極ってなぁ、氷しかねえんだぜ」
「え?……はあ?なにそれどゆこと?」
「北極は大陸だがなあ、南極は単なるでっけえ氷なんだとよ」
「……や、わからん……」

例えば南極で写真を撮るなら三脚に古い映写機みたいなそういう装備で俺は、フードのふちどりにぐるっと毛皮の着いたコートを着込んだお前が手を振って呼ぶのに渋々、みたいな。
そういうものをお前と共有はできない。

「ビールなにかうの?」
「エビス」
「わー、おかねもちだぁー。うちの店とかとうとうメニューにさあ発泡酒」
「ん?」
立ち止まるから思わず見ると、何に気を取られたのか軽く首をひねって振り返っていた。
おい、と声をかけると、気持ちを切り替えるようにまばたきをして、前を向いてごまかすようにへらへらと笑う。
「や、なんでもなーい。てゆか、いまー、なに喋ってたかすごい一瞬にして忘れてぇ」
「は、なんだよそれ。大丈夫か」
また、歩き出す。
夕日がどんどん沈む。それに向かって、眩しいのを我慢しながら歩くから、お互いの顔がわからない。
「だいじょぶだよー、あ、ていうか、中学の時ねえ」
「唐突だな」
会話は諦めている。
こいつと暮らし始める前から諦めている。
「影ウサギっていうのが」
「かげうさぎ?」
「近くにさあ……小学校があって。そこの死んだウサギのゆうれいが」
「幽霊」
ていうか関連性あんまねえな、と思ったが黙っておいた。
多分公立だから、その小学校からあがってきたやつが多かったんだろう。
「そう……白と黒の、まだらのウサギ。そいつがねえ、夜中に学校の中を」
「やけにFancyな怪談だな」
「だけどユーレイだから、影だけなの」
「影だけ?」
「そう。白い部分は透けてて、黒い模様は影になってて……だけどウサギなのはすぐにわかるってゆう……影ウサギ。」
「影ウサギ」
なんとなく、繰り返す。口の中で転がすと確かになんだか説得力があった。

「ほんとはねえ」
Nの字が白く縫い付けられた、青い四角いリュック姿の小学生が自転車を立ち漕ぎで漕いで俺たちを追い越していく。
チリリン、とベルの音だけを置いてきぼりにして。
にちのうけん、と塾の名前だけを思い出してそれを見送る。
「たかしょう……あー、高田小学校だったから高小っつうんだけどね、そのたかしょーにいた頃ねえ、そのウサギすんごくかわいがってた子が、そのウサギ盗んできちゃってねえ」
「小学校からか」
「そうそう。そんで……生物室で飼おうとして、カバンに入れて階段登ってたら」
「あー、もういい。なんとなくわかった」
「あーうんまあヤンキーにサッカーされて死んだらしいんだけどさ、小学校にね、帰りたがってるとか、祟ってるとか」
いろいろねえ
つぶやいた佐助がブロック塀の隙間から飛び出ているつつじの花をむしって咥える。
「あまぁい」
ソールのあるスニーカーを履いているからいま、佐助のほうが俺よりも少し背が高い。
ねえほら、と見せてくる花の先が耳たぶにあたる。
「うるせえよ」
手で払う。
花が口から落ちて、ひどぉい、と佐助が唇をとがらせる。
最期の塀の横を通り過ぎて右に曲がる。シャッターの並ぶ商店街の手前、スーパーだけが賑わっている。
路上にはみ出した特売のダンボールに佐助が立ち止まるのを放置して店内に入る。おすすめ品をがなり立てる放送。
6本缶を鷲掴みにしてかごに放り込んで、豆腐でも買うかと乳製品の棚を回りこむ。
「ねーこれ買ってーぇ」
「はぁ?……なんだこれ……」
「うさぎぃ」
甘えた顔で笑う。客商売用の甘えて見えるとこいつが自分でわかっている顔だ。
打たれないために腹を見せる犬と同じ甘え顔。
「お店に持ってきたくってさぁー。ね、あとでちゃんと払うからぁ。おねがい。」
うさぎの形、というにはいびつで角の多い箱じみた箱の容器だった。動物のうんこチョコ、とかいてある。
どうせころころとしたマーブルチョコだろう。箱を振るとかさかさとビニールの音がした。
「ねー、30円ぐらいだからぁ」
ため息をついてかごの中に放る。
「で、刺身は」
「え、なに買ってくれんの」
「冷凍マグロ食いたいとかっつったらぶっ殺すからな」
「えー、あのじゅくじゅくしたのけっこうすき……」
「舌ぶっ壊れてんじゃねえのかお前」

だけどそういえばあの店でも水っぽい解凍マグロが出た。

あそこの兄ちゃんを上野駅の13番線トイレで見かけたとかそういう話で佐助の名前だけ知っていて、冗談半分で誘ったらついてきて飲み屋のトイレ(佐助にとっては職場のトイレだ)でしゃぶられた。で、なんだこいつまじ、と内心笑っていたらごせんえんね、と俺のをごっくん飲み込んだ佐助に手を出され。
そういう店かよ、と遠い目になった。健全な飲み屋だと思っていたのに。
有名なのか、ときいたらそうでもないよ、と肩をすくめながら尻ポケットからクリップで止めた札束を出して俺の樋口をそこに挟んで、また二つ折りにしてしまった。その時、札をぞんざいに扱う仕草がいいな、と思った。
「あんたそこ綺麗にしてるし、また来たらじゅっぱーおふにしたげてもいいよー、リピーター割」
親指で出しっぱなし萎えっぱなしの下半身を指さされてひひ、と笑われた。あー、と蓋閉めた便器の上に座ったまま投げやりな返事をした。そうしたらまつげをしばたたかせた後、ふ、と不穏にこちらを見下ろす目になった。
「なんか……あれ?ひょっとして知らないでさあ、テキトーに誘っちゃった系?」
「ばれたか」
呻いた途端銃声が鳴った。は、と頭の中で疑問符が浮かぶ。ズキューン、ともう一回。そのズキューン、バキューン、がシャッター音だと理解するのに少しかかった。
「テッメエ、なに」
「言いふらされると風営法的にアレなんでねぇ……ええええええ!?」
ズボンを上げて詰め寄るより先にトイレの鍵が開く音がした。ドアに打ち付けてやろうと思って掴んだ胸ぐらを押した力が受け止め先を失って後ろに倒れる。
「携帯よこせクソ野郎が……」
「うるせぇノンケのくせにホモに吸われてイッてんじゃねえよ粗チン野郎が……!」
きったねー床の上で取っ組み合いしてる俺達を誰かが通報してそのまま警察に回収された。
それからいろいろあって結局今一緒に、住んでいる。
「そういえばねえ、こじゅうろさんがねえ、探してたよお」
「へー」
「あのひと知ってたけどこわいねえ」
「あー」
会話は諦めている。
仕事は続けているが前の家はそのまま捨てた。家賃だけ払っているからいつでも帰れるのだが放置してきた生ゴミを見たくねえから帰らない。
泊めろといって泊まりこんで三日目で、佐助は俺と暮らすためにと言って引っ越した。8畳の畳敷きワンルーム。
台所と廊下ばかり板張りでやけに寒い。
「ねえ今日おれさまかえってきたらセックスする?」
「しねーよビッチ野郎。誰がてめえのケツ穴掘るか。しね。」
「じゃあ口で抜いたげよっか」
膝の裏を蹴ったら転ばないまでもバランスを崩して気持ちよかった。
「痛いよ」
中腰で振り返った佐助が目尻を下げて甘い顔をする。甘ったれた顔で、声で見上げてくる。
どこかのドキュメンタリーで見た、南極の夜は宇宙、という言葉を俺は不意に思い出す。
「南極」
「うん?」
「連れて行ってやろうか。いつか。」
「ほんと!?」
手を繋いでこようとするのを振りほどく。
ビニールに入れたビールをぶつけてやろうとしたら悲鳴をあげて逃げまわった。
「そんならさ、今日のばんごはんおれさまが作ったげるね」
「作んのがたりめえだろ、恩着せがましくすんな」
「さかなの名前知んなくってもうまくやけるかんね、皮ちょっと焦がしたげるねえ」
足りないしゃべりかたをする。話していた内容がたまにどこかに飛んでしまって戻ってこない。
おなじように。
さなだをわすれたのだろう。
「けどやっぱ南極にペンギンはいねえからな」
「いいよ行って確かめるから。いたら煙草おごりね。メンソールじゃないやつね!」
じゃあビール持ったげるね、と出してくる手に重たいビニールを渡す。受取るなり中をあさってうさぎのお菓子を取り出して嬉しそうにぶらぶら歩く。
そろそろ時刻は帰宅ラッシュで、制服の少年少女だのくたびれたスーツのおっさんだのが自転車で俺たちを追い越したり逆に俺たちに追いぬかれたりする。
「あー、ねえ、おみそしるのにおいするねえ」
「なんかの味噌煮だろこれ」
「結局おみそじゃん」
「濃さがちげえだろよ」

裏がらっこの毛皮で出来た分厚いコートと耳あてを買ってやろうと思った。
そして南極で写真を一枚取って、佐助を南極に捨ててくるのだ。
出された船の後を暖かい格好をした佐助がどこまでも走って追いかけてくる。
そんな風景を夢想する。
それをデッキから見下ろす俺の手元にポラロイドの写真が一枚きり。
そんな光景を夢に見る。
写真で笑ったお前の後ろにさなだの亡霊が写ったならおれは手を叩いて喜ぶのだろう。

戦国GOHAN という ごはん食べる系合同コピーをな くがつに出そうという話をしていてな ここまで書いてな

指定:戦国

つづきとかわすれましたし!!!!!!!!!!!!!

こっからみつまさだよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


帰ってくるなり胃が痛いと言って畳に横になって腹を抱えているからうどんを作ってやると言って台所に立った。
ネギを切ってだしつゆに浮かべる。袋の生うどんを冷蔵庫から出して、卵がないのに気がついた。
「なあおいちょっと卵……」
買ってくる、と言おうとした。
言おうとしたのだ。
「いい」
「あ?」
「胃薬をもらうついでがある……私が行く」
「ああ、おう」
腹を右手で押さえたままよろ、と出かけていくのを見送った。うどんを鍋に入れて火を弱める。
くつくつと細かい泡が立ち昇るのを見ながら、顔を上昇気流じみて立ち上る熱気が包むのを感じていた。
廊下に面した小窓から光が差し込んで、流しの中を金色に染めている。外を焼き芋屋が通りかかって、ああ秋から冬に変わるんだなあと思った。そういえば通りのいちょうももう葉はまばらだ。代わりに地面が落ちた葉にうめつくされて金色だ。
今年は早めにこたつを出してやって、あのみにくいあひるの子みたいなきかん気な顔が、肩までこたつ布団を被って首だけ出しているのをおかしく眺めていようと算段する。
冬になれば鍋もある。湯豆腐もある。外で食えるものにも温かいものが増える。
年中冷房に弱いわ胃を痛めているわのあいつにはいい季節になるな、と思いながらおたまでつゆをすくって口をつける。
煮詰まったのか少し濃かった。流しからコップに水を受けて鍋に水を足す。
と、ドアが開いた。鉄製のドアが暴力的な重さと衝撃を伴ってバタンと閉まる。
「おいドアはそっと閉めろって……」
玄関に続く廊下にひょいと顔を出す。右手に卵の入ったビニール袋とと薬局のビニールを下げて、左手に焼き芋屋の名前が入った茶色の紙袋を抱えて、窮屈そうに靴を脱いでいた三成が顔を上げた。
俺を見るなりすう、と顔色がなくなる。焼き芋の袋が握り締められてぐしゃりと無残に紙くずの様相を呈する。
「おい」
あわてて廊下に飛び出した。ぬぎかけていた革靴の踵を潰して三成がその場にしゃがみこむ。
痙攣する腕から卵の入ったビニール袋と焼き芋の袋をもぎ取ると両手が前髪の下の顔をおおった。やけどしそうに熱い焼き芋を扱いあぐねて床に置こうとして、気がつく。焼き芋は2本。おおきいのと、ちいさいのと。
「おい」
調剤薬局のビニール袋が三成の手首に引っかかったまま揺れている。
「おい三成どうした……ちゃんと言え!」
「ちがう」
「なにがちがう!」
腹か、と焦って、水、と立ち上がった俺のシャツの裾を三成の指が握る。壁に三成の手が当てられる。
立ち上がるかと思ったが三成はしゃがんだままだった。
下を向いたまま話し続ける。
「焼き芋をな、買ったのだ。」
「ああ」
「貴様とたべようと。卵も買った。貴様が私のためにうどんを煮ているから」
「……ああ」
足から力が抜けた。
「かえりに焼き芋屋が」
「ああ」
座り込んだ足に触れた焼き芋が、紙袋とジーパンの生地越しにやたら熱い。
「貴様が嫌いではないだろうと思って」
ずる、と三成が冷たい玄関に座り込む。
立ち上がろうとして壁に当てたのだろう手のひらがそのまま、壁を伝って落ちる。
「きさまがよろこぶかと……」
台所でうどんが吹きこぼれる音がした。シュウッ、と煮立ったつゆが吹きこぼれて火にあぶられた音。
「わかる、わからないはずがない。わかるのだ。顔も、なんでも、おぼえている。来週の日曜に酒を飲みに行く約束をした!先週貴様が遅くなって私が怒った!おぼえている、忘れていない、私はおぼえている!」
三成が叫ぶ。隣からうるさいとばかりに壁を叩かれる音がして口を閉じる。
ドン、ともう一度壁が叩かれる。
三成が食いしばった歯の間から押し殺した声を押し出す。
「きさまはだれだ」
ああ俺達は何かに呪われているのだなと俺はぼんやりと思って、急に見えない右目が痒くなる。
「なあ三成」
行かせた俺が間違っていた。だが俺が行ったところで。
埒もないことを考えて、すぐにやめる。
「これが最後だぜ」
三成を支えて起こしてやりながら乾いた唇を舐める。
「ほんとうにこれっきり、これがLastだ」

おれのなまえは


三政かわいくね?ってさいきんスィンキング(ひっとうえいご)なのでもうちょっとほりさげてみたい
かいてるとちゅう、俺をKnowてるのか…の影響で脳内変換がちゃんとSay!ってなってふっきんが ちゃんとSay!もっとSay!三成Say!


たたみ四畳半に住む武将シリーズみたいなのやりたい 四畳半にきっつきつで住んでる家政かわいい。親家とかだともっとみっちみち。東西兄貴コンビだとなんか筆頭は開け放した押入れの上の段とかが定位置になりそうで、もえる。
たたみ伊達佐はなんか冬あたりすごいさむそうでいいですよぬ。足元ヒーターの前を争うどてら筆頭と薄着さすけくん。

メリケンいきたくNoでござるー
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うそが本当に

最寄りの駅まで小十郎さんはついてきた。Suicaってこういう時便利だと思う。どこまで、とか。誰にもわかんない。
改札通る前に自販機の影で一回くちづけた。旦那のことは言わなかった。

俺様がだめだったこと、旦那以外みんな気付いてんじゃないかなあ、って思ってて、だからなんにも言えなかった。
だめだったのは俺様で、それに気づかなかった旦那で、でもそれをみんなゆるしてたんだと思ったら胸が潰れそうになった。
心臓がぐちゅ、って上からつぶされる感じ。それで死ねたらどんだけ楽だろう、って思いながら、好きだなあ、って思いながらシャツの襟掴んで引き寄せてくちをつけた。小十郎さんのくちびるは乾いていて、顔を寄せると嗅ぎ慣れた匂いがした。
くちびるを重ねながら信之さまのこととか、話したっけ、と思う。つま先だった足を地面に戻しながら、真田の旦那が二人目だって、教えたっけ、と考える。
「自分のものだと言えるものがいくつあると思う?」
ポケットで携帯が震える。その振動を下半身に結びつけて考える下衆な自分がいる。
「ほんとうに全部さいしょから、そのつくりから成り立ちから存在から成分からぜんぶ、自分のだって。」
小十郎さんがみじろぐ。その手を握る。
「携帯とかだってさあ、中のソフトの権利は会社とかのもので、充電する電気もやっぱり会社から買ってて」
言いながら訳がわからなくなる。
「ねえ本当に自分のだって言えるものをひとつでも持ってる?」
自分の主を思い出す。
下りの電車が着いて、人が一気に溢れて流れる。自販機の前を沢山の人が通り過ぎる。俺様が先にいたたまれなくなって手を離した。
ポケットで携帯がまだ震えている。
逃げてしまいたいと思う。
「どうしてばれたんだろう」
言わなければいいことを言ってしまう。
目を彷徨わせてもどこにも逃げ場が見つからない。
小十郎さんの手が俺様の腕をつかむ。
「お前どうした」
「どうかしてるよ。してたら……してたらさあ!」
なんだっていうの、と叫びそうになって押し黙る。このまましゃがみこんでしまいたかった。自分の弱さに目がくらむ。
だけどもう戦国じゃないから切った張ったもなくて絶望的な何かが起きても学生という身分からは逃れられなくてドロップアウトしたくない自分の将来への期待値というもの尊重して厚顔無恥を貫くしかなくて。
転校したくてもお金もない。母親は知らないところへ行ってしまった。俺様は現状維持をするしかない。

呼び出されたら向かうしかない。

「あんたひどい」
「なんだ、真田になにを」
「ちがうし」
ポケットでまだ、まだ携帯が震えている。あいつ向こうでずうっと俺様が出るの待ってんかとか思ったら笑えた。コール音に眉とか潜めてイライラしてるとか、わらえる。俺様程度の相手にそんなことしてるの最高にみっともない。
ねえあんたのご主人様に呼び出されたんだよメールでさあとかぶっちゃけたらほんと、楽になれんのか、とか。
考えたけど絶対無理だし。もうやだ。こじれたくない。相手が悪いみたいに考えるけど前世でやらかしたのは間違いなく俺様で逃げようも矛先の向けようもない。
はやくしにたい、とか逃げ腰で思う。こんな人間だから駄目なんだろうなと半分やけくそで考える。
「ねえもう行く……シャワールームある漫喫しまっちゃう」
ポケットで鳴動する携帯に気づかれたくなくて、上半身で小十郎さんを自販機の影から押し出した。
「ごめんヒスって。なんでもないから。」
喋る気もないのに引き止めて欲しかった。

離れながら、視線を感じて、もう何度目か、この人は本当は俺を憎んでるんじゃないかと思った。
今まで何回か、数えられないから結構何度もかも知れない。寝ている時に殺されるんじゃないかと感じたことがある。
錯覚かもしれない。
俺様が殺されたのをこの人は見たんだろうかと思う。ずる、と内側から長い臓物を引き摺り出される感じ。
あれがさいごで前の俺様は終わってる。けっこう肘とか折られてたし、あれもうほんとひどかったんじゃないかなあ、って。
小十郎さんと改札まで一緒に歩きながら思った。恋人つなぎ的に指を絡めて、離して、ばいばいをする。
改札にSuicaを押し付けながら、見たのかな、と考えた。
個人的には、見たんじゃないかな、と勘繰っている。やった後とか、俺様がぐったりしてるの見下ろしてる時にぞっとするほどうっとりした目をするから時々そう思う。
旦那と天秤にかけた事なんか一回もなかったり、そういうの、おんなじだから不誠実、みたいなテーブルに乗せて考えたことなかったけど。
階段を登りながら考えた。
ホームに出ると夜になって少し涼しい風が階段にこもっていた熱気を吹き払って呼吸が少し楽になる。
あの人実はけっこう俺様のことどうでもいいんじゃないかなあ、と思って、すんなり当たり前だと思ったのに、今更この世でなんだかなあ、という気分になってほんのり自虐的に笑った。

俺様がどうのより政宗様と俺様がっていう、優先順位が今でも当たり前なのが変に寂しい。
死ねばいい、と思いながら白線の内側で電車を待つ。
携帯はまだ震えている。留守番電話の機能、タルいけどつけておけばよかったなーと考えながら、ポケットから引っ張りだして着信相手の名前に目を細める。線路に投げ込んでやろうかと思いながらタッチ一回で着信を切った。

うそが本当に

いつまでも子供であることはできる。
あるいは大人になることが出来ないまま育ちきる事もできる。
もしくは子供のまま大人を装って穏健に微笑むこともできる。
スカートが翻った拍子、ちらりと見えるペチコートのレースのように子供は現れる。
雨の日に出る幽霊のように。
住宅地で夕方に聞こえるピアノのように。
懐かしさを伴って馬脚を露わす。

主のあれは幾ばくか、恋であった。大半を直感と執着が占め、その内に美化と失望と苛立ちを伴い、ただそれを思慕が凌駕する。失望による失速は募る感情にブレーキをかけず、戦国の距離と情報や移動やそういったなにもかもが物理に比例する遅さが、隔たりが双方の勘違いを都合よく加速させた。
邂逅の頻度が高ければあんなことにはならなかったのではないかと今でも思う。
互いに自分の妄想に振り回されて、不幸にも好敵手と認めてしまった。

どちらが上であった、不釣り合いであったと言うわけではない。俺とてあの時主人の傍で生きていた人間であるから鳥瞰は、今となってすらできない。
ただ推測して悲しむだけだ。
隅田川の上を渡る風は今日はぬるい。
「ただいま」
「ああ」
重たい金属の扉を猿飛がそっと閉める。廊下を歩いてくる裸足の足音。
夕方だった。電気を点けないでいたから部屋の中は重たい橙と足元にわだかまる薄い闇であたたかい隠れ家のようだった。
ただいま、ともう一度猿飛が言って俺が寝ていたソファーの足元にそっと座る。
「今日はね、旦那を駅まで送ってきた」
「おう」
「あしたもね、迎えに行ってがっこうにいくよ」
「ん」
小さい声で言い交わす。
くるぶしに猿飛の髪が当たる。染めていないのにきしきしとする髪だ。うつぶせで寝るから起きた後、シャワーを浴びなければならないのを密かに面倒がっているのを知っている。たまに俺に抱きついて寝ても、夜中に眉間に皺を寄せて離れていく。
「おなかへった……」
猿飛が床に倒れこむ。
起き上がって見下ろすと腹の痛い子供のように横向きで丸くなっていた。
開けた窓から途切れ途切れのピアノの音とカレーのにおい。
「さえこさんは」
「おかあさん?」
くく、と短く笑った。
「一人暮らししてるって信じてるからもう実家とか、ないし」
「あー」
結局例の男のところに転がり込んだのか、と察して頭をかく。そうなれば確かに、猿飛の実家とも言えるあの部屋を契約し続けるメリットなぞない。どうやら曲がりなりにも猿飛が小学校から住み続けてきた実家はもう他の誰かの部屋らしかった。
「ねー、どうしよおね」
出てく、と宣言してスポーツバッグ1つで部屋を飛び出た方もどうかと思うが、それをいいことにさっさと契約を打ち切って移り住む方もどうなのか。猿飛は床で丸くなっている。春先のぬるい風に吹かれて、レースのカーテンが揺れる。
川の、真水のなまぐささがほんのりと部屋の中に運ばれてくるのと一緒に、外では花でも散っていそうな乾いた匂いがする。
いかにものどやかな夕方だった。
「ゆか、つめたくって気持ちいい……」
猿飛が寝返りを打つ。
俺は頭の中で考えを巡らせる。それでも親に言ううまい口実が思いつかなかった。
「ねー、どやっておじさんおばさん言いくるめるか考えてるでしょ」
仰向けになった猿飛がにやにや笑って俺の手首を掴んで引く。
「いーよ。」
口元に持っていった手首に目玉を伏せて口付ける。
「そんなのあんたはぜんぜんしなくていーよ。ていうか、おじさんおばさんだいじょぶでも、おねえさん、だめでしょ」
あのひとちょう頭いいもん、と拙い声が言った。唇はやわらかくて、猿飛が笑うたびにあつい鼻息が肌の上を撫でた。
「だいじょーぶだよ」
俺の手を捕まえたまままた寝返りを打つ。引っ張られて、大人しくソファーを降りた。猿飛の体をまたぐ。
「死にたいとかおかしいね」
見下ろした猿飛は本当に子供に見えた。享年24。思えば川中島で見かけた時これぐらいの年齢のはずだったのだ。
ずっと、印象がまるで変わらないつもりだったが、それもまた戦国時代の距離と時間の隔たりに依るものだったか。
まるくなって目を閉じている姿に、腸を引き摺り出されて検分されていた姿を思い出して目蓋を閉じる。
どうにもやさしいめまいがした。

九度山蟄居の前のことだった。真田に兵を動員させまいと試みた徳川にとって、雑兵ごときでは万に一つも仕留められぬ猿飛や真田は一人だけでも脅威だった。
生き残ったものの中でも猿飛を差し出すよう徳川は名指しで言い渡した。

渡せば四肢を裂き、五臓六腑を引き出して晒す、と明言して求めた。
猿飛は笑ったと噂で聞いた。
たかが忍びを大名首扱いじゃん、おれさま凄いねえ、と笑って真田の手を離れたと聞いた。
その一報が届いた時、主は苦虫を噛み潰したような顔をした。そうして俺に、江戸に屋敷を構えようと思う、と切り出した。

馬を乗り捨て乗り捨て着いた江戸で徳川は黙って俺に地図を書いた。
徳川のところで借りた若駒を駆っている最中、晴れているのにざあっと通り雨が頭の上を通り過ぎて、もう駄目なのだと悟りながらも奥歯を噛んで馬の腹を蹴った。
息を切らして着いた刑場では事がすっかり済んだ後で、あっちだと掘っ建て小屋を示された。
むしろをめくって入った小屋の中は、生臭いかと思ったが、雨が上がったすぐ後だったせいか、松の香りが強くした。
こもの下が膨らんでいて、片手を顔の前に立ててからめくると、口をかっと開けて苦悶に歪んだ顔がまず目に入った。
それから、前かがみになって横になっている体。引き出された五臓六腑はなんだかつるりぬるりとしてつやつやしていた。
肋骨がいくつか足りなかった。肘から腕の骨が飛び出ていて、妙なほど綺麗に白かった。暴れないよう縄をかけられた痕が見て取れたが、傷口は肉の筋にそってまっすぐで、さほど暴れず神妙に嬲られたのだとわかった。

真田のところの忍びは主のために命を捨てたのだと、刀を取ったことのあるものであれば誰にでも解る死体であった。
そのくせ徳川の体面のために苦しんだ顔だけはきちりとして首を落とされたのだとすぐにわかった。

目玉に涙の膜が張ったが、慈しむ気持ちが溢れてただ微笑んだ。
俺たちは同類だとそれまで生きていた中で一番強く感じた。

ぬるい風が俺達の上を吹いていく。猿飛の、俺の手首を捕まえていたあつい手のひらが力を失ってずるりと床の上に落ちる。
雨の振りそうな花曇りだった。木蓮もこぶしももうそろそろ散るころで、れんぎょうだの雪柳だのもじわじわと花を落としていく、沈丁花の匂いが薄くなって、代わりにつつじがほころびかける、そういう時期だった。
4月の新生活に向けた新居探しも一段落している頃だろうから、安い家を探すにはもってこいだと思った。
「なあ」

携帯が鳴った。

俺のと猿飛のと両方だった。
「うそ」
猿飛が短く言って飛び起きる。
俺は頭をかきむしりたくなった。知っている。わかる。他のと違う着信音はひとつだけだ。呼び出しの音だ。
お互いによくわかっている。
猿飛がベランダに消える。俺は机の上から携帯を拾い上げる。

大事である人間ほど仲が深まるにつれ最初を思い出せなくなる。政宗様との最初。真田との最初。猿飛との最初。
いつだっただろう。何故だっただろう。どうしてだっただろう。ただ思いを募らせた瞬間ばかり降り積もる。
電話の向こう側で主は明日の朝練の時間が変わったという話をせかせかとして、内容に安堵してしまう。
メーリス一つで回せばいいものを、と少し苛立って、ベランダの猿飛を盗み見る。
レースのカーテンの向こうで少しぼやける姿に目を凝らす。
柵に肘を置いて、うつむきながら笑ったりしていた。

かわいそうだと思う。自分のことも、猿飛のことも。
物質主義とも言われるこの世は、便利になって精巧になって、昔に比べてなんだか随分と偽物が増えた。
100円均一の模写に囲まれていても生活は出来て、忘れられる二人組の相手を確保して暮らしても支障は出ない。
快適な孤独が増えていくのに、まだ戦国を引きずって、それを本物だと信じていたい自分たちがいる。
主はどうだろうか、と思いながら電話の向こうの声に相槌をうつ。
まだ主従の契りを盲目的に。
この関係は何か特別な本当のものだと。

考えこんだら頭の芯に近いところが痒くなるような錯覚が起きてその場で強く足踏みでもしたくなった。
とっさに眺めた猿飛が右手で額を押さえて、どうやら笑う。肩から力を抜いて首を振る。表情は見えない。

携帯を投げ捨てたくなって泣きたいと思った。俺も弱くなっている。猿飛も幼くなっている。
歳相応なのか、あるいは。
わからないと感じて、途方に暮れる。
「Ah,それとな、話は飛ぶんだが真田の件だ。お前、あれをどう思う」
手元の紙に明日の開始時刻を書いた後、意味もなく線など書いていたら唐突に主が地雷を踏み抜いてシャー芯が折れた。
短くなって転がった芯の姿に俺たちを見た、と何の根拠もなく感じた。



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うそが本当に

長い髪をしていた。油でてかてかの長い髪だった。
臭さを我慢して意志の力で手を置いたらしらみだらけのおうとつがわかって鳥肌が立った。
弟のものになるはずのものだった。生まれる前からそいつは弟用のものとして決められていた。
うちのものが捕らえた忍びを里に戻してやる代わりに、今度の6月に生まれるとかいう一腹のうち一番よいものを弟のためによこす、とそういう取決めだった。
産み月が冬の方が忍びはよく育つのだと聞いた。嘘だかは知らぬ。文月の終わりのことだった。
師走か霜月に生まれ月を控えて、孕んでいるのは十余人、そのなかで一番強いのを兄君に。他に時期はずれですが雨の時期に産み落とされる次の7人ほどのうち、一番よいものを弟君に。そういう約束であった。
それが季節外れに生まれた弟用のが飛び抜けて強い。そう聞いてひとつ飛ばして選んだのだ。
佐助、という名前だと聞いた。
定められた引渡しの日の前に一度、何も知らせずに里に顔を見に行った。
本当に自分のものになるはずの忍びよりよいものであるのか、見定めに行ったのだ。

長い髪をしていた。油虫のようにてらてらとした明るい、赤みの勝った茶色の髪をしていた。
差し上げる前にはどうのこうの、と上忍のじじいが後ろで言っていた。
「よろしく頼む。このような子供、座敷にあげれば俺が女中頭に叱り飛ばされてしまうわ」
子供の髪を掴んで顔を上げさせる。明るい色合いの目をしていた。異人混じりかと疑うほど明るい色だった。
「お前、親は」
「そういったものはおりません」
はっきりした声だった。後ろで爺があたふたとした声でとりなす。
「母親は生まれてすぐに死にます。借腹と私どもは呼んでおりますが、そういうものです。この子らは」
「いい。わかった。血筋は」
「そこまで大したものではございません」
「そうか」
「ですがこの子は特別です。」
爺が言葉を重ねた途端、子供がふ、と息を鼻から短く吐いた。誇っているのか笑っているのか。覗きこむと短いまつげの下から俺をてらいもなくねめつけた。
「俺様を傍において損などさせませんよ、旦那」
「そうか!」
強いものの目であった。それも幾度か手痛い失敗をした上で自分がどれだけのものかわかっての自信過剰であった。
過剰であることをわかりながらそれでも自分に信をおいている顔であった。
笑った。これならば心配ない。俺のために用意されていた忍びとも顔を合わせたが、あの子供に比べれば凡庸も凡庸、凡下にしか見えなかった。夕刻になり、そろそろ戻らねばならぬ、そういった刻限の頃、もう一度佐助を呼びつけた。
「俺はお前を選ぼうと思う。お前はどうだ。」
いやだと応えがあろうとも、これにすると決めていた。だが、子供の返事を聞いておきたかった。
頭に置こうと持ち上げた手を少し迷って、手のひらを上に向けて差し伸べる。
「俺は、お前にしようと決めた。佐助、お前も俺を選べ。」
少し迷ったように見えた。
「真田の旦那」
「そうだ。よくわかっているな。俺がお前の旦那様だ」
さなだのだんな、とうつむいて口にして、佐助ははにかんだように破顔した。
「いいよ。」
競わされる中、一等強いものには旦那様が決まっているのだから、と言い含められて育ったのだとはあとから聞いた。
「もうちょっとして大きくなったらあんたが迎えに来るんだろ、真田の旦那。待ってる。」
「よし、ならば」
特別、というものに憧れた中でその言葉の重さはどれだけであっただろう。
乗せられた手の親指の付け根が腫れているように熱を持っていて膨らんでいて、驚いてひっくり返した手のひらにはもうすでに沢山のたこがあってなるほどと感心したこと、そんなことをまだおぼえている。
「猿飛としよう。お前が俺のところに来た折には猿飛という名を与える。その名を用意して待っていよう。」
励めよ、佐助。と。
撫でた頭の下で体がひとつぶるりと震えて、約束するよ、と子供が言った。
「真田の旦那、俺様、あんたに絶対損はさせない。」

真田の旦那、という言葉が幸村のことを指していたのだとは後から佐助の口から聞いた。
何度か、噂だけ聞いていたらしい。同じようにひとつ上の子供も競わされ、一等のものだけが旦那様に仕えられると。
上田の海野嫡流、真田の家の兄弟にお仕えすることができるのだと。
大きなお屋敷で奉公が出来て、おまんまだってもらえて戦にちゃんと出ることが出来て。
ひょっとしたら苗字だってもらえるかもしれない。

俺はあんまりに大きなものを約束してしまったのだ。
幸村でもないのに。


「ただ今戻りました」
「おう」
濡れて帰ってきた弟は昔、まだ弁丸だった頃の目をしているように見えた。
「どうしたお前」
「傘が壊れて……うう、風呂」
ぺしゃぺしゃと靴下までずぶ濡れの音をさせて廊下を風呂場まで爪先立ちで走る。
背中を見送って首を傾げた。
「おい」
「わあ!」
風呂場を覗くと大げさに驚かれてまゆをひそめる。やはりなんだか違和感が消えない。
「お前、何かあったろう。」
「何も」
「嘘を言うな」
黙る。濡れた前髪を掻きあげてため息をついた。蛇口を捻ってシャワーを止める。
「俺と佐助の話です」
「そうか」


あれは本当は幸村のものになるはずだったもので、俺はそれを横からとった。
ひとつ飛ばして選んだのだ。幸村のが特別強いと知って。兄の特権を使ったというよりは、幸村に黙ってやった、と言ったほうが正しい。側仕えが、幸村のこと、というよりは幸村の母親の血筋、をあまり好いていなかった側仕えが仕入れてきた話で、俺はそれを聞いて、真田の家のため、元服前の幸村にやるには惜しいと思って。
まあ今となっては全て言い訳だ。佐助にも黙って、幸村にも黙って、俺は本来の主従を裂いた。

俺が兄のほうだと知って佐助はしばらく愕然としていたようだった。そりゃあそうだろう。迎えに来たのは、これが、と思い定めて夢想してきた相手、噂をせっせと仕入れては思いを募らせていた主人ではなかったのだ。
わかられてしまったのはそれこそ佐助がせっせと仕入れていた噂のせいだった。
「ねえ真田の旦那、あんた生まれは甲府なんだっけ」
え、と思ったのだ。それは弟の幸村だ、と教えると、しばらく黙って考えこむ顔つきをした。
なにか、味のわからないものを食べさせられて、これは何でできているのだろう、と噛み締めて考えているような顔だった。
はっとした。
「お前、まさか」
「きいてなかった」
悔しそうに聞こえたのは俺の思い込みがあったせいだったろうか。
激しいものを押さえ込んだ声だった。
「信之さまだってきいてなかった」
「左吉よりお前が強いから選んだ。」
すぐにぱきりと言い返したのは忠誠が揺らぐのを恐れたからだ。
佐助はたしかに特別だった。いともたやすく影に馴染み、潜る。潜っていられる時間も長い。他のものが、息を吸うなり、短く声を上げるなり、それなりの構えをもって影に潜るのに対して、佐助は水鳥のようにするりと沈んだ。そして不意に思いもかけぬところから出てくる。そんな芸当ができるものはそれまでに噂に聞いたこともなかったと皆口を揃えて言った。次の忍び長はこの子だろうと、俺が佐助を召し抱えてすぐに忍びの間で暗黙の了解となる、それを佐助もすぐに受け入れて、年が上のものも顎で使うようになった。それは時々目に余ることもあったが、それを許されるだけの鋭さが佐助にはあったし、たとえそういうことを言われても言い抜けるだけのずる賢さと抜け目のなさがあった。
何もかも飛び抜けていたが、姿を変ずるのにも通じていた。人の癖をすぐに見ぬいて真似をする。それを使って人の輪に混じり、聞いた話は忘れない。ちらと聞いた話について興味を持てば、座の話題をそちらの方向へ持っていくのも上手かった。
心技体、どこをとっても、と言えば身びいきだ、と言われてしまいそうだが、佐助はその体に生まれ持った性質だけでなく中身も性根も忍び向きで優れていた。

佐助は俺を見た。短いまつげが夕日を受けて明るい色の目に憂いとも映る深みを与えていた。
「弁丸様には」
「左吉がつく。あれも優秀だと聞いている。だがお前は飛び抜けていた。兄の方に強いものがつく。理だろう。」
「ことわり」
「そうだ。お前に断りもなく入れ替えてしまったが、それが道理だ。」
「どうり」
繰り返して、口の中でその言葉を転がすように、口に空気を含んで、おそらくは言おうとした何事かを仕舞いこんで佐助はしばらく、黙り込んだ。そうして、膝の上に載せられた猫が諦めた時のように深く、息を吐いた。
「俺様もうあんたのなんだね」
「そうだ」
堅苦しい言葉は使わずともよいと言い渡した。佐助の特別扱いを佐助はなんだか嬉しそうにして、ねえねえあんたあんた、と俺にまとわりついていた。
それが失われてしまうのが俺は怖かったのだと思う。特別な子供を特別扱いして特別になつかれる。そういった相思相愛が壊れてしまうのが惜しかったのだと思う。
すべての家臣に対し信を得ては置きたいと思ってはいた。が、ある程度は仕方ない、と商売のような損得勘定を割り切る中、俺は佐助の信を得たものでいたかったのだ。

佐助の心臓に近い場所に俺の紋を刺青で入れたのもそのためだった。
佐助にいいか、と問いかけた。そうすればお前が、ここを貫かれて死なぬ限り、どこかで打ち落とされたとしても俺の忍びだとわかるだろう、と。頷いて欲しいと思って問いかけた。佐助はまた、黙った後で頷いた。
怪我をして佐助が戻ってくるたび、同じ理由で刺青は増えた。脇腹。二の腕。腿。背中。
何度目か、墨を入れる前、針を用意する彫師の横で横たわったまま、おれさま信用ないの、と熱の名残が残る涸れた声で笑った。そういうわけではない、とむっつりと返すと、だって、と胸元を指さした。
「ここに入れるだけでもそうないことじゃない。暗殺行かしてつかまってさ、ばれたらどうすんの。だめだよ」
「ばかものめ」
どかりと座って炭を塗ってある鼻柱をぎゅうとつまんで唇を尖らせた。
「お前、俺に損はさせぬと言っただろう。帰って来いと、そういうことだ。これは。」
小さく潰れた乳首の下に広がる刺青を親指で指す。へへ、と笑った。
「それ、ちょっといいね」
「いいだろう」
夕暮れだった。汗をかいた体を俺が手ぬぐいで拭ってやった。
針を入れる時、ううっと小さな声で呻いた。痛いか、と聞くと、少しね、と食いしばった歯の間から言った。
終わった後、障子を開けてくれと請われて開けたら、庭のあじさいの葉を鳴らして涼しい風が入った。
あれは春の終わりだったろうか。もう今となっては季節すら曖昧だ。俺はそろそろ織田に滅ぼされる運命を受け入れて、佐助を誰に与えるか考えていた。

最初は、幸村ではなくて俺と同じ名前、まだ源三郎と名乗っていたが信幸と名乗るだろう弟に与えようかと考えた。
俺がいなくなった後、嫡子となって俺を引き継ぐ子だ。幸村よりも年下であるが、俺の代わりに幸村の兄となる子。
今までの俺に成り代わる子だ。本来ならば俺のものはすべて源三郎に引き継がれるのであるから、それが順当ではあった。
だが、仁義は仁義と思って心を決めた。

「佐助」
最後の刺青、背中に入れた一等大きなものの定着が終わって、包帯がとれた佐助を呼びつけた。
もう秋であったように思う。定かではない。あの頃の記憶はなにもかも曖昧で、佐助と話した中身だけを憶えているのみだ。
「お前を、幸村に譲ろうと思う」
「え」
「武田は織田に滅ぼされる。わかるだろう、世の流れが。」
俺は腕を組んだ。
「俺は使い捨ての嫡子でな。すでに挿げ替えの弟がいる。だがそれは幸村ではない。その下の、俺と母親が同じ弟だ」
「なにそれ。あんた死ぬ気?ねえ。死ぬ気なの?」
言い募る時、佐助は震えていたように思う。だが、それは俺の願望かも知れぬ。
膝の上で手を握っていた。眉を上げて、驚いているようにも、怒っているようにも見えた。あるいはそれは表面上だけの装いで、内心は幸村に仕えられることに喜んでおったのかも知れなかった。
それは俺にはわからぬことで、だが、これから死ぬ身としてはさして知りたいとも思わなかった。
俺は生への執着も何もなく、もう佐助を、よい馬や刀といった持ち物を集めることも諦めていた。
あの時の俺であれば、赤兎馬をやると言われても特に興味を掻き立てられなかっただろう。
「盛者必衰は理だ。生きているのであるからいつか死ぬ。どうせ死ぬのであるならば俺は武田と死のうと思う。」
「ことわり。」
佐助は繰り返した。佐助にはわからぬ理屈だろうな、と俺はおかしくなった。思えば昔もこれで佐助を言いくるめようとしたのだ。今から思えば理不尽なごまかしを言ったように受け取られただろう。それでも、佐助は諦めて俺についてきてくれた。
佐助は偉いな、と猟犬や軍馬や、子供に思うように思った。
「幸村の傍について、守ってやってほしい。お前を俺と一緒に殺してしまうのは惜しい……お前は、よい忍びだ」
褒めながら、慈しむ気持ちで目を細める。
「お前に、何度か本家で幸村を見せたことがあるだろう。お前は人の顔を忘れないたちだから、幸村のことはわかるな」
「……わかるよ」
「ならば大丈夫だな。俺が討ち死にしたら、首などはいい。お前はまっすぐに幸村のところへいけ。父上に話は通しておく」
実はもう話はつけていた。ちょうど幸村のところの左吉が幸村を矢からかばって死んだ折で、俺の願いは存外すんなり許された。本来のしもべを、元のところへ。それで想定外の穴を埋める。父上にとってはそれだけの話であった。

「お前は何度かずるいことをしていたな、幸村のもとではするなよ。あれの臣下はあれに似てまっすぐで苛烈だ。俺の特別扱いもあちらでは通用しないぞ。生き物をいたずらに殺めるな、特に座敷の猫はいかんぞ。」
「……はい」
不承不承、といったていで頷くのがかわいかった。思えば子供らしくないところを気に入っていたのだが、育ってからは逆に子供らしいところを気に入っていたのだった。
何度か、佐助に意地の悪い事、些細な事でも佐助の気に入らないことをした者の食事に鼠の死骸だの虫だのを混ぜていたのを知っていたし、女でも平然と足を引っ掛けたり、扱いが悪いのも知っていた。博打を持ち込んで流行らせたしイカサマをして酒代を稼いでいたのも知っている。何度か城下の娘を孕ませた。流言飛語で目をつけた何人かを辱めた。それで職を失ったものもいた。一時期火事場でよく見たなどという噂もあった。全体としてはろくでなしだった。
だが俺はこの生き物をついぞ叱って罰する気になれなかった。
佐助を迎えた日を今でも憶えている。髪は短く刈ってあって、全て、後ろに流していた。今では馴染んだがその頃は重たそうな面当てをつけていて、本人もまだ慣れていないのか首がなんだかぐらぐらしていた。
俺の前に膝をついて、声変わりのすっかり終わった声で名乗った。猿飛、と呼びかけた俺を見上げて得意げに歯をちらりと見せてわずかに笑った。忘れてなどおるものか、と俺も頷き返して小さく笑んだ。
晴れて、風の微塵もない日だった。俺と佐助の間も、俺の将来も、全て晴れ渡っているように思えた。

「嘘はもうつくな。さいころもいかん。弱いものをいたぶるな…………ふ、」
言い募るたび、気まずげにちらちらと目をそらしては肩をすくめてもじもじする。それがいじらしくてつい笑った。
「このぐらいにしておいてやるか。まあ幸村のもとでは襟を正して素行を直せよ。兄の元でこのようなものがのさばっていたと幸村に知られては死んだ後の面目がたたん」
「しないよ」
拗ねた子供のような声ですぐに返事をする。子供か、とからからと笑ったら佐助の膨れていた顔もじきに笑いに歪んだ。
「ねえ俺様あんたのことわりかし好きだった」
「なんだ、もう死人扱いか。そんなに幸村が好きか」
「わかんないけど。……でも、ずっと」
小首をかしげて困ったように笑う。
「ずっとおもってたから」
真田の旦那、は俺用の呼び名ではなくて幸村を呼ぶ名前だった、と白状した佐助は生娘のような頬をしていた。


挑戦的な目をした幸村を睨み返す。
「お前と佐助の話か、興味がある」
「兄上には関係のない事かと」
「くちばしを挟むなと言うか」
言いよどむ。そんな態度、俺の言葉を認めているに相違ないぞ、と茶化してやろうかと思ったがやめた。
「俺とて佐助の主だった人間だぞ。話してみろ。ちょうど今晩のテレビがつまらんと思ってくさっていたところだ」
風呂場の扉を閉める。何の因果かまた兄弟に生まれついた。歳の差から言えば源三郎も生まれていい話ではあったが、どうやらさしたる不服を持たず大往生を遂げたものは転生しないものらしい。
奥州の独眼竜もまたこの世にあるらしいと聞いたから、あれは天下人を心の奥底では諦めきれずに死んだものと見える。最初に聞いた時にはなんだか呆れたが、まあらしいと言えばらしいと思って笑った。生きた世はほとんど被っていないが、その父親の話なぞはよく聞いている。どうやら親の血を濃く引いたと見えて、幸村から武勇伝を聞いただけでおかしかった。
そうであるならば、と思った信玄も転生していて、この世は顔見知りが多くてなんとなし、生まれ変わったと言うよりは生き直している感が強い。それによほど煩悩が強かったらしく記憶までほとんど残っている始末、これはよっぽど業が深いと苦笑うほどだ。

それにしても悔しかったのは佐助だなあ、とリビングのソファーに座りなおして思う。
結局幸村に尽くし遂げて、末期は壮絶であったと幸村本人から聞いてはいたが、それが幸村が十にもならぬうち、幸村めがけて駆けてきたと、ランドセルを背負った幸村が佐助を連れ帰った時には仰天した。
佐助の方も俺を見て驚いた顔をしていたからよくよく思惑の外だったらしい。
親はゆるいらしいのに、中学は家から出られなかったと悔しそうに言って、高校になる時にとうとう家を出て近くに越してきた。そして幸村と同じ高校を選んだ。まあ俺と同じ高校でもあるし、そもそも推薦をもらっての事。教師陣に信玄はいるわ上杉殿はいるわであるから幸村と同じを選んだと言うよりは集められたに近いのかもしれないが。

腕を組んで幸村を待つ。幸村は俺のように忍びは忍びよとは扱わず、本当に腹心の部下として扱ったらしい。
佐助はそのように扱われてどう思ったのだろうか。
再開した折めっきり人間らしい顔になっていたのは転生した事に理由があったのではなく、幸村の影響があったのだろうか。
考えて、幸村が生まれた時のことを思い出す。
佐助を迎えた時と似た喜びがあった。俺の、弟。生まれてすぐに分かった。幸村だ。俺の弟だ。
昔と寸分変わらぬ、俺の愛しい弟だと。
幸村と名付けた。父親も母親もまったく普通の人であったから難しいことではあったがやり遂げた。
何の因果か生前と同じ名前をもらった俺の弟に、俺の弟が生まれついたのだからどうしてもと思ってやり遂げた。
俺の中では、同じように幸村も佐助も特別だった。愛すべき庇護すべき、俺の。

「兄上は俺が佐助にひどいことをしたとお思いですか」
バスタオルで長い髪をがしがしと拭きながらやってきた幸村の開口一番がそれだった。
だがそれも中学時代の芋ジャーを着てのことだから様にならない。
「まあ座れ」
「俺は佐助が今更俺を放り出そうとするのが我慢ならなかっただけです」
「座れ」
渋々腰を下ろした幸村は憮然としていた。
「眉間に皺が寄ってるぞ」
「佐助に腹を立てているのです」
「ほう」
「兄上には」
「わからないとか言うなよ。兄ちゃん泣くぞ」
「茶化さないでください!」
机を叩く。珍しいことだ。
「俺を甘やかしたのは佐助です。俺が道を誤った……ひとり真田の家の汚点となったのは佐助が俺を甘やかしたのもあるでしょう。ただそれは一端です。部下の目隠しに気づきもしなかった俺の不覚、不徳の致すところです。」
「だからそのへん俺死んでるんだって。」
「聞くとおっしゃったのであれば聞いてください!」
逆切れかよ、と思ったが幸村の様子は尋常ではなかった。降参の印に両手を開いて上げてみせる。
背もたれに寄りかかると幸村はまた口を開いた。
「今更なことを。どうにもならぬことを蒸し返して何になるというのです。今頃気付いてそれを償おうとしてどうなるというのです。出来ぬことを……俺の知っていて止めずにいたのを知らぬと思い込んでいる、そのことを憐れと思っていた俺の愚かをも微塵も知らないで、償おうなどと、本当にばかばかしい。それも、よりによって政宗殿の前で」
「伊達の小倅ねえ」
「……小十郎殿と通じていると知った時から、嫌な予感はしていたのです。あの方は、そういうところ、時折末恐ろしいほど残酷です。興味本位で人の縁を壊しても平然としている。」
「ほう」
「俺の思っていたよりあれはばかでした。だから」
瞳が光るように力を持つ。
「俺が守ってやるのです」
言い切った幸村を見て、俺はなんだか、どいつもこいつも昔のままかと思ったら案外育っているものだなあなんてのんきな感想を持ってしまった。



げんじろは実は本当に次男説、っていうのをこないだちらっと考えてみたけどけっこういれかわりの死に際がめんどくさい。

うそが本当に

人は自分の誠実さだとか善良さだとかを証明することなんて出来ないんだからそんなものはどうだっていいと思っていて、実際のところどれだけ言葉を尽くしてもどれだけ態度で示そうとしても裏があるなんて思おうとすればいくらでも思える。

ひねくれている。だとしても内側で思っていれば誰にもわからない。

主のために丸くなってすっ飛んできて濁りきった目で睨むのを見て面白くなった。
こいつ馬鹿だ、と気がついたのだ。底抜けの馬鹿だ。馬鹿にしてもひどい馬鹿だ。

奪ってやりたいと思った。面白そうだと考えて。
真田からこいつを。こいつから真田を。
奪って、その後が見たいと思った。悪趣味な興味として。
亀の甲羅を剥いだその中が見たい、と思うのと同じ程度で。

いちどめはうまくいかなかった。

「お前それ」
「ああうん」
のぶゆきさまの、と綻んだ口元がゆるい。
ふうん、と言った。
うん、とゆるんだ声で返事をされた。

それが3月のはなしだ。

雨の日の体育はかったるい。体育館の天井に、バスケットボールの音が反響して実際の数倍やかましかった。
体操着の袖口から二の腕のあざが見える。打撲とかでつく青いあざじゃない。生まれた時からある真っ黒なやつだ。
皮膚の表面に同化していてそこだけ、大きなほくろじみて変色して、硬化している。生まれついて持ちあわせて、死ぬまで消えないあざだ。
二の腕と脇腹にあるのだから多分、腿と背中と左胸にもあるのだろうなと思う。確かめたことはない。
けれどそうなんだろうなあと思う。実際どうだか、服を引き剥がして確かめようとは思わない。そこまで大した興味はない。
「6月ってぇー」
祝日ないからやだよねえ。
「あー、梅雨なのになァ」
表面上を取り繕うには話題はありすぎる。ありふれて使い古されて当たり障りなく平和な話題。
例えば目玉焼きは何で食べるとか。
数学のハラセンが昔結婚詐欺にあったことがあるとか。

特に意味もなく嘘をつくのが得意だ。
その嘘を忘れないでいてぼろを出さずに過ごすことが自然にできる。
あちこちでついた嘘を、誰にどこでついたのか忘れず全てにつじつまを合わせることができる。
俺が目玉焼きを塩で食べることを知っている奴がいなくて、みんな醤油で食べると思っている、とか。
どうでもいい嘘をなんとなくついてしまう。

猿飛の脇腹のあざは俺が焼き潰した刺青とおなじぐらいの大きさだ。俺が指をぴんと伸ばした手のひらを当てても隠れない大きさ。二の腕のもそうだ。だから多分背中と左胸と腿にもあるんだろうと思う。
予測だ。

信之は死んだ後猿飛が誰の手に渡るか知っていたのだろうと思う。
俺様の事あんま信用してなかったんだと思うよ、と小十郎に話したことがあったとか聞いたが、信之のあれは脱走を怖れてだとか、密通を怖れてというよりは、弟に対するあてつけであるように思われた。

笛が鳴る。
真田が俺をコートの中からちらりと見る。
猿飛が真田の横を少し固くなって通り過ぎる。
俺は舞台の上から飛び降りる。小十郎のいるチームの試合はまだ終わらない。
教師がゼッケン脱いで交代しろォ、と間延びした声を上げる。俺は大股に歩いて真田が脱いだゼッケンを受け取った。
短く礼を言う。真田が右目だけを細める。
猿飛が舞台の足元にもたれて座る。片膝を立てて。
真田はその斜め上、舞台の上に腰掛ける。
揺れる足が猿飛の頭を蹴り飛ばしそうで、やるだろうか、と少し身構えた。

真田が今頃になって一皮剥けるとは思わなかった、それが正直な感想で歯噛みする。
あれ以来真田は別段佐助を囲い込むでもなく、ただ、泰然としている。
むしろ猿飛に対しては以前よりそっけなくなったぐらいだ。
それでも猿飛はおろおろとして真田の傍をいつも以上に離れなくなった。
今頃正しい主の振る舞いを身につけるかと、思えば思うほど口惜しい。

やらぬ、と真田が言ったのだ。こちらもしらを切った以上うかつにちょっかいを出し得ない。
うまいことしてやられた、と久々に頭を回す必要に、自分の中のよこしまが身じろぐ。
計略と策謀と、そういう黒い部分が煙のように立ち上る。

フリースローを待つ間、猿飛を眺めた。
目が合わない。

俺を見ろ、と思った。念じた。猿飛は揺れる真田の足を眺めていた。蹴られそうな距離で。
鼻先を今にもかすめそうな足を、魅入られたように眺めていた。一心不乱に。罪滅ぼしのような熱心さで。

チャイムが鳴るまで、ずっとそうしていた。

授業が終わって、廊下が36人分のざわめきで埋まる。俺は小十郎を後ろに従えてさりげなく真田の後ろを歩いた。
「ねえ旦那、あのね」
あのね旦那
猿飛は真田に一生懸命話しかける。腹を見せたがる犬のふりをしてしっぽを振って見せている。
「なんだ、佐助」
答える真田は平然としている。誇るでもない。笑うでもない。俺を見るでもない。
ただ穏やかに猿飛に横目で一瞥だけくれてやる。俺に気づいているのは明らかだ。猿飛はほとんど俺と並んで歩いている。
「あのね……ええと」
中身は空虚だ。
猿飛は罪悪感にただ怯えて真田の傍を離れられずに縛られている。

なんだかとてもつまらない関係に成り下がってしまったのに目が離せない。
それに、蚊帳の外というのが気に入らなかった。
「ところで猿飛」
口を挟む。俺の後ろで小十郎がぎょっとしたのを感じた。
「今度小十郎とどっか、買い物に行くとか聞いたが」
「いかないよ」
早口の即答だった。
「予定が合わなくてだめになった。」
小声の早口でさくりと言い切って、まっすぐ前を向く。その膝を狙って横から蹴り飛ばした。
よろけた猿飛の腕をとっさに真田が掴む。掴んで、捻り上げたように見えた。或いは猿飛のバランスの崩し方が悪かった。
短い悲鳴を上げた猿飛の腕を真田がぱっと離して、猿飛は床に座り込む。周囲が一瞬足を止めてざわめいた。
「ひっでーな、何すんの」
「お前」
見下ろす。この間からせいぜい3日しか経っていないのに痩せたように思えた。体操服の袖口からあざが見える。
何か、めちゃくちゃに傷つくようなことを言ってやりたいと思ったのに言葉が見つからなかった。
小十郎がそっと俺の胸の前に手を伸ばす。
「おやめください」
他の人間には聞こえないよう、極限まで抑えられた声だった。
「どうか」
かばわれた形になった猿飛が急にこわばった顔で俺から目を逸らす。助けを求めるように真田の方をちらりと見て、ひねった腕をかばって立ち上がる。
「だんなごめん、ありがと」
猿飛が小さくつぶやいて、お前それより足と腕は大丈夫か、と真田が返すのが聞こえた。
昼休みの喧騒と雑踏に紛れて二人が消える。

「なんだお前」
「……あのままでは騒ぎになりました」
茶化そうとしたのに重々しく返されて言葉に詰まった。
黙ったまま、教室に向かって歩き出す。
「なあ小十郎」
振り返りもせず呟いた、声は自然と低くなった。
「ひどいなァ真田か。俺か。」

返事はついぞ聞こえなかった。


だいたい出揃った。

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Author:Q子
東軍と佐助。

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